平石洋介はなぜ監督になれたのか?選手時代の成績と年俸は?

なぜ

 

この記事では楽天イーグルスの監督、平石洋介さんについてまとめています。

今回ご紹介する平石監督ですが、「松坂世代の1人」ということは、知っている方も多いのではないでしょうか。

 

そして、松坂世代としては「初の監督」であり、楽天の生え抜きメンバーとしても「初の監督」です。

 

では、平石洋介さんは、

 

「どういった経緯で、楽天の監督になったの?」

「選手時代はすごかったの?」

 

こういった疑問を解決していきます。

 

 

平石洋介のプロフィール

 

出身地:大分県ー杵築市

生年月日:1980年4月23日

身長/体重:175cm/75kg

 

ポジション:外野手

投打:左投げ左打ち

 

高校:PL学園高校

大学:同志社大学

社会:トヨタ自動車

 

プロへの道のり

 

大分出身の平石洋介は、中学生のときに大阪府へ移住。そして、少年野球・ボーイズリーグの「八尾フレンド」に所属しました。

 

なお、現・日本テレビのアナウンサーである、上重聡とはチームメイトでした。

ボーイズでは関西選抜のキャプテンとして、世界一を経験しています。

 

高校は上重聡と共に、PL学園へ進学。

なお、1年のときは左肩の状態が悪く、キャッチボールができないほど。

2年のときには手術を行いました。

 

そして、3年生のときにはキャプテンをつとめ、春・夏の甲子園に出場。

春の甲子園では、松坂大輔を率いる横浜高校と、準決勝であたります。

結果は、2ー3で敗北。

 

また、夏の甲子園でも、準々決勝で横浜高校と対戦。結果は延長17回という激闘のすえ、7-9で敗北しました。

 

結果的に負けたとはいえど、PL学園は松坂大輔を攻略。平石洋介もヒットを打ち、グラウンド上では味方の士気をあげるなど、キャプテンシーを発揮しました。

 

当時の試合を見ていた方にとっては、記憶に残る場面なのではないかと思います。

 

その後は、同志社大学に進学。

リーグ通算では、85試合に出場し「打率.318(289打数ー92安打)、0本塁打、24打点」と、ベストナインを4度、受賞しています。

 

社会人時代はトヨタ自動車、同・野球部で2年間プレーしました。

日本代表に選ばれるなど、通算打率.330~、ホームラン10本と活躍。

 

そして、2004年、楽天イーグルスから7位指名を受け、契約合意。

 

(契約金4000万円、年俸1000万円)

 

平石洋介の選手時代は?

 

実は平石さん、選手時代はかなり苦戦しました。

通算の成績は、下記のとおりです。

 

試合 打率 本塁打 打点
122 .215 10
打数 安打 四球 盗塁
172 37 37 14
出塁率 長打率 OPS 通算
.288 .302 .592 7年

 

ちなみに、年俸推移はというと、

 


 ① 2005年:1000万円

 ② 2006年:1000万円

 ③ 2007年:950万円

 ④ 2008年:800万円

 ⑤ 2009年:820万円

 ⑥ 2010年:1020万円

 ⑦ 2011年:1020万円

 

上記のとおりです。

2軍での活躍はあったものの、1軍の壁に苦しみました。

 

そして、2011年の11月14日、戦力外通告を受け、選手を引退。

 

平石洋介の引退後は?

 

引退した同年11月28日、楽天の育成コーチに就任。

なお、生え抜き選手のコーチ就任は球団初のこと。

 

その後は「二軍外野守備走塁コーチ」や「1軍打撃コーチ補佐」などを経験。

 

2014年は「1軍打撃コーチ」に就き、6月14日以降は「1軍打撃兼走塁コーチ」をつとめます。

 

2015年10月12日には、2軍の監督に就任。なお、当時は35歳。

 

平石洋介が監督になれた理由とは?

 

最近は、若い監督(40歳~)の就任も、珍しくないように思えます。

 

たとえば、高橋由伸(巨人:2016~2018年)や、井口資仁(ロッテ:2018~)、アレックス・ラミレス(横浜DeNA:2016~)など。

 

また、いずれの監督にしても、「選手としての実績をもっている」というイメージはありますよね。

 

ではなぜ、平石洋介さんは監督に就くことができたのか?

 

まずは、2018年の楽天。

このとき、平石洋介さんは、楽天の1軍ヘッド兼打撃コーチをつとめています。

 

チームは開幕戦こそは勝ったものの、2試合目、3試合目と連敗。

 

その後も、カード負け越しが続くなか、他チームとの差を引き離されてしまう状況でした。

 

ついには、当時の監督・梨田昌孝が、6月16日に辞任。(21勝41敗1分・勝率.339)

 

そして、梨田監督の代わりを任されたのが、平石コーチでした。

 

それまで平石さんは、過去に2軍での監督経験があるとはいえ、このとき38歳です。当然、 平石さん自身も、周囲も、多少の不安はあったことでしょう。

 

しかし、その平石監督が光明をもたらします。

 

残されたセ・パ交流戦の2試合に勝つと、7月のなかば以降は「10勝2敗」と、前半戦には見られなかったチームの勢いがありました。

 

そして、最終的には、代行監督をつとめてから「37勝41敗2分(勝率.474)」と、シーズンでは最下位に終わったものの、チームの立て直しに尽力。

 

なおかつ、1軍の控えメンバーや、2軍にいた若手をアグレッシブに起用。

 

こういった功績を評価され、正式に楽天の監督へと、新しいチーム作りが始まります。

 

平石監督のバックアップ体制も完璧!!

 

やはり、監督を代えただけではチームは変わりません。

 

そう、石井一久GMの存在です。

 

なんと、コーチもろとも変えたのです。とはいっても、なかには留任もいます。

 

【1軍】

 

89

平石洋介(監督)

※留任

 

74

真喜志康永(ヘッドコーチ)

※前育成コーチ

 

81

金森栄治(打撃チーフコーチ)

※新任

 

83

小谷野栄一(打撃コーチ)

※新任

 

84

伊藤智仁(投手チーフコーチ)

※新任

 

72

森山良二(投手コーチ)

※留任

 

90

光山英和(バッテリー兼守備作戦コーチ)

※新任

 

87

酒井忠晴(内野守備走塁コーチ)

※前二軍内野守備走塁コーチ

 

79

笘篠誠治(外野守備走塁コーチ

※新任

 

引用元:

楽天が来季コーチ陣発表!大量“15ポスト”で入れ替え | BASEBALL KING

 

【2軍】 

 

88

三木 肇(監督)

※新任

 

93

後藤武敏(打撃コーチ)

※新任

 

85

栗原健太(打撃コーチ)

※留任

 

80

石井 貴(投手コーチ)

※新任

 

75

小山伸一郎(投手コーチ)

※留任

 

73

野村克則(バッテリー兼守備作戦コーチ)

※新任

 

86

塩川達也(内野守備走塁コーチ)

※前一軍戦略兼内野コーチ

 

92

鉄平(外野守備走塁コーチ)

※前アカデミーコーチ

 

76

高須洋介(育成総合コーチ)

※前一軍打撃コーチ

 

71

佐藤義則(投手テクニカルコーチ)

※前一軍投手コーチ

 

引用元:

楽天が来季コーチ陣発表!大量“15ポスト”で入れ替え | BASEBALL KING

 

と、思い切った行動をしていますよね。

 

石井一久GMは、以下のように話しています。

 

「基本、やることに対して文句から入るという人たちが多い中で、経験がない人が多いんじゃないかという話をしたりする人もいるじゃないですか。でも初めてがないと始まらないし、名監督を呼んできて勝てるような甘い世界じゃないので。そこはすごい経験がある人が無難だから呼ぶだけだと思うんですよね(笑)」

 平石監督に対しても「僕は名監督にない部分があると思っている」と話し、楽天の監督として適任だと力説する。

「楽天の中でずっと育ってきて、勝っているときも負けているときも見ているので、どうやったらこのチームは勝てるのか、どうやったら負けていっちゃうんだろうっていうのが分かっていると思います。楽天を把握している選手であって、コーチであって、ヘッドコーチであって、代行になって監督で、そうやって長くしっかりと歴史を見ているので。楽天のだらしなさも分かっているし、ストロングポイントも分かっている。楽天のいいところと悪いところが分からない人が来たって、そこからのスタートになってしまいますから」

 そして小谷野コーチ、後藤コーチに関しても「今のピッチャーの球を生で見てきている」ことを高く評価した。「コーチをずっとやっている人たちの経験とはまた違う助言をできる」と、“今”の野球へのアプローチが一番分かる人という観点で選任しているのだ。

 

引用元

楽天・石井GMはなぜ経験の少ない人材を首脳陣に集めたのか?(週刊ベースボールONLINE) - goo ニュース

 

すばらしいですね。

「僕は名監督にない部分があると思っている」

この言葉には心を打たれます。

 

楽天イーグルスという球団が創設されたのは、2004年の秋。

つまり、参入したのは「2005年から」ということになりますね。

ちょうど、その年から平石洋介さんが入団。

 

球団の創設から、今にいたるまで、ずっと楽天を見てきた「平石洋介」だからこそ、チームの「良いところ」や「ダメなところ」

そういったことを知っている人物として、もっとも最適なんじゃないかなと思います。

 

石井GMの言葉には、説得力がありますね。

 

また、ドラフト会議では、「大学ナンバーワン外野手・辰巳涼介」を獲得。

 

その前の指名では、藤原恭大(現ロッテ)を指名しています。

なお、藤原恭大を引くことはできませんでしたが、「若手の外野手」という、明確なポイントがあったのでしょう。

 

なぜなら、高卒4年目・オコエ瑠偉のレギュラー化は必須。

彼も、大きく期待され、イーグルスに入団してきた一人です。

オコエに「競争心」を持たせる意味でも、大きな指名になったはずのこと。

 

そして、FA市場では、西武から「浅村栄人」を獲得。

 

かつて、石井一久GMは、西武ライオンズに所属していました。

浅村選手の実力はもちろん、性格をよく知っていたはずです。

石井GMの配慮は大きく、浅村選手のハートをつかんだことでしょう。

 

また、打線の得点力UPに向け、マイナーリーグでの実績が大きい「ジャバリ・ブラッシュ」を獲得。さらに、リリーフ陣の充実へ「アラン・ブセニッツ」を獲得しました。

 

実際に、この2人は1軍の戦力になっています。

 

こういった、「平石監督への全面的なサポート」、「チームの改革」が見受けられます。平石監督にとっても、心強いこと間違いないです。

 

さいごに

 

今回のまとめは以上となります。

平石洋介監督のことを、少しでも知っていただけましたか?

 

結果が求められる世界とはいえ、長く監督というポジションで見てみたいものですね!!